大阪高等裁判所 平成5年(ネ)3195号 判決 1994年7月07日
控訴人 株式会社芝禧商店
右代表者清算人 森本祐行
右訴訟代理人弁護士 原清
本郷修
被控訴人 株式会社三菱銀行
右代表者代表取締役 若井恒雄
右訴訟代理人弁護士 露木脩二
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
第一 本件は、前記事実摘示のとおり、控訴人において昭和四四年六月二七日に預け入れた定期預金四〇〇万円の払戻し等を訴求するのに対し、被控訴人が右預金債権は既に消滅しているか又は商法五二二条により時効消滅した等を主張して争っているものである。当裁判所も、控訴人の請求は失当であると判断する。その理由は、次のとおりである。
一 請求原因について
成立に争いのない≪証拠省略≫によれば、請求原因1の事実が認められ、同2の事実は当事者間に争いがない。
二 抗弁について
1 抗弁1の事実について判断するに、被控訴人は具体的な消滅原因を主張していないし、これを認めるに足りる証拠もない。
2 時効消滅の主張について判断する。
前掲≪証拠省略≫と弁論の全趣旨によれば、抗弁2(一)の事実が認められる。商法五二二条の規定により商事債権の消滅時効は五年であるところ本件預金債権は、弁論の全趣旨により、銀行である被控訴人に預け入れられたものであって、商行為により生じた右の商事債権であることが認められる。したがって、右預金債権は昭和四五年六月二八日から起算して五年の経過とともに時効消滅するものというべきである。そして、被控訴人において右消滅時効を援用したことは記録上明らかである。
三 再抗弁について
1 控訴人提出の各文献(成立の争いのない≪証拠省略≫)、新聞記事(成立に争いのない≪証拠省略≫)と弁論の全趣旨によれば、一般に銀行においては、特別の事情がない限り、預金債権の払戻請求に対し、単に時効期間が経過したというのみで、消滅時効を援用してその払戻を拒否することはしないという扱いを常としていることが認められる。
2 そこで、次に右の特別の事情の有無につき検討しておくこととする。
前掲≪証拠省略≫、成立に争いのない≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人が保管中の索引簿中には、昭和四五年一一月二四日に預金業務がコンピューターオンライン化された後の同月三〇日索引簿を整理した際、本件預金債権が既に消滅していることを確認した旨の記載が存在すること、被控訴人は、本件訴訟が提起された後、関係帳簿等の記録を種々調査してみたが、右索引簿以外、本件預金債権が存在したことをうかがわせる趣旨の記録は勿論、その消滅に関する記録も現存していなかったこと、控訴人は本件預金証書(≪証拠省略≫)を現在所持しているが、銀行の実務上、預金債権が消滅したのに預金証書の回収がされていない事例はままみられること、本件訴訟が原審に提起されたのは、平成五年二月一六日であり、本件預金の預け入れ日である昭和四四年六月二七日から約二四年、その消滅時効完成日からは約一九年もの期間が経過していることが認められる。
ところで、消滅時効制度が存する理由の一つとして、期間の経過と共に証拠が散逸することを挙げることができる。本件預金債権の額は、昭和四四年当時において決して少ない額ではなく、今日までの金利を併せればその総額はかなりの額にのぼるものであるが、弁論の全趣旨によれば控訴人において、消滅時効が完成したとしても、その後本件のように二〇年に近い程の著しく長い期間が経過してからではなく、せめてそれほど期間が経過しない前に、本件預金債権払戻請求をする等の手段をとっておれば、被控訴人において本件預金債権に関する記録、証拠等を存置していた可能性が大きく、諸般の事実関係が解明され得たものと認められる。他方控訴人が右の時点ごろまでに、右のような額にのぼる本件預金債権について、その払戻請求等をせず、今日に至りこれをすることとなった事情を明らかにするに足りる証拠はない。
以上認定の諸事情と説示したところに照らせば、本件においては、前記の特別の事情が存在し、被控訴人において消滅時効の援用をするのは権利の濫用であって許されない、とすることはできない。
第二 以上の次第で、控訴人の請求は理由がないから、これを棄却すべきものであって、これと同旨の原判決は正当である。よって、本件控訴を棄却し、控訴費用は控訴人の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 仙田富士夫 裁判官 竹原俊一 東畑良雄)